ダンス・ミュージカルとしての『ホワイト・クリスマス』

『ホワイト・クリスマス』White Christmas(1954)は、とくに日本ではあまり評価されていないように思える。

ブロードウェイの人気スターで、作詞家・作曲家コンビでもあるフィル(ダニー・ケイ)とボブ(ビング・クロスビー)が、フロリダで姉妹芸を演じているベティ(ローズマリー・クルーニー)とジュディ(ヴェラ=エレン)と知り合い、四人でヴァーモント州パインツリーに雪とスキーを期待して出かける。あいにく雪は降っておらず、四人が泊まったホテルは閑散としていたが、そのホテル、コロンビア・インのオーナーは第二次世界大戦で従軍したボブとフィルの上官、ウェイバリー少将(ディーン・ジャガー)だった。軍に復帰したいと願うが年齢のためにかなえられず、失意に沈む元上官のために、二人は所属していた第151分隊の10周年の同窓会を少将に内緒で企画する。

というその物語は、とくにつまらないわけでも、無理があるわけでもないが、起伏に欠け、結末では二組のカップルが成立する予想通りの展開で物足りなさを感じる。

そもそも、アーヴィン・バーリングの戦前のヒット曲で、『スイング・ホテル』Holiday Inn(1942)でも主題歌となった「ホワイト・クリスマス」を再度取り上げるという構想が最初にあっての作品だから、面白く作るのは難しい。しかも、フレッド・アステアとビング・クロスビーのコンビでアーヴィン・バーリングの楽曲を歌わせる、という『スイング・ホテル』には、すでに二匹目のドジョウとして『ブルー・スカイ』Blue Skies(1946)がある。二番煎じならぬ三番煎じの作品への出演を打診されたアステアは断り、かわりに『ホワイト・クリスマス』ではダニー・ケイがクロスビーと組むことになった。アステアの判断は賢明だったと思う。

それでも合衆国ではそれなりの評価を受けているのは、クロスビーの歌声と佇まいを変わらずに愛し続ける人々がいるからであり、また自分の国を守る軍隊への敬愛の情が生き続けているからだろう。

クロスビーの魅力は、その凡庸さにある。「普通に」ハンサム、「普通に」いい声、「普通に」温厚(そう)な性格。その「普通さ」が特別な価値を持っているように感じられたのは、当時の合衆国でヨーロッパ系白人が社会の中枢を占めていたからだ。強烈な個性や他を圧倒する才能、あるいは血のにじみ出るような努力の跡がなくても、生来備わった美質だけでクロスビーのような金髪で青い目の人間はスターになれた。いやむしろ個性や才能や努力の跡が放つ熱のようなものは、物事の価値や基準がすでに決められており、挑戦されることのない社会では敬遠された。育ちがよさそうで、はげしく自己主張をすることのないクロスビーのような人が、正しく美しいとされた。社会が大きく変化し白人中心主義が鋭く批判されるようになった現在でも、クロスビーやその同類の人たちを——「古き良き時代」へのノスタルジア込みで——愛する観客はいる。

厳しいが人情味のある上官のためにかつての部下たちが勢揃いする最後の場面は、戦争が終わって十年足らず、復員軍人がそこら中にいた公開当時はもちろんのこと、現在でも一定の訴求力はあるはずだ。『愛と青春の旅だち』An Officer and a Gentleman(1982)をはじめ「鬼教官もの」はハリウッド映画ではお馴染みのものだが、『ホワイト・クリスマス』では、クロスビー、ケイ、クルーニー、ヴェラ=エレンという主役四人の歌とダンスを見せることに焦点が当てられていることもあって、その主題は掘り下げられていない。だが「鬼教官もの」の骨組みしかないのは、作り手が技術的に未熟だからというよりむしろ、肉付けせずとも観客は軍隊への敬愛の情を膨らませるはず、と作り手がしたたかに計算をしているからなのだ。一般に、作り手と観客とが一つの文脈を共有しているとき、作り手の「思わせぶり」な身振りは、はっきりと明言されたときよりも観客に強烈な印象を残す。黙説法は、受け手が「省略された部分」について自らの想像を膨らませるからこそ効果を発揮する。軍服姿の軍人を街中で見かけると、周囲の人が敬意と感謝のこもった目を向ける、そういう社会だからこそ通じる「さらりと流す」表現として同窓会までの実現が描かれる。

だが現代の日本人にとって、『ホワイト・クリスマス』を多少なりとも見られるものにしているこの二つの要素は、想像はできても実感をもって感じられるものではない。クロスビーはスターとしてのオーラに欠ける二流の俳優に過ぎないし、軍隊への敬愛の情がなく、勝利を収めた自分たちの軍隊が帰還するのを歓呼を持って迎えた経験もない私たちには、感動的なエピソードになるはずのサプライズ同窓会の計画が淡々と語られることに軽く失望を覚える。しかもクロスビーとクルーニー(ジョージ・クルーニーの伯母で、51年には”Come On-a My House”をビルボードチャート1位にした)の歌はともかく、踊りは冴えない。ケイもその愛嬌はわかるが、全盛期ミュージカル映画に出演する俳優としては歌も踊りも魅力がない。

そしてアーヴィン・バーリングのヒット曲をずらりと並べた「歌もの」ミュージカル映画としては物足りないのは、合衆国の観客にとっても同様だろう。同じぐらい物語が薄くても、『世紀の楽団』Alexander’s Ragtime Band(1938)とか、『ホワイト・クリスマス』と同年に公開された『ショウほど素敵な商売はない』There’s No Business Like Show Business(1954)のほうが、バーリングの楽曲を楽しめる。どちらにもエセル・マーマンが出ているし。

だがこの映画には別の魅力がある。玄人好みのするダンスを踊ったヴェラ=エレンを出演させ、ジョン・ブラシアというダンスの名手をパートナーとして競演させているところだ。

これは言葉で説明するより、見てもらったほうが早い。ヴェラ=エレンは「マンディ」”Mandy”で最初クロスビーとケイとを従えて踊るが、二人の実力に合わせて優雅だがそれほど運動能力の高さを示す必要のないダンスを踊る。だが途中でブラシアが出てくると俄然本領を発揮し、先ほどまでとは違うキビキビとした動きを見せる。

次の「コレオグラフィー」”Choreography”というナンバーでもヴェラ=エレンはケイと踊るが、垂直方向への驚異的な跳躍を見せて途中から登場するブラシアのほうが明らかに目立っている。(なお、YouTubeのコメントに、このナンバーがマーサ・グラハムのモダンダンスのパロディで、セットはグラハム「アパラチアの春」Appalachian Springを模したものだ、という説明があった。ミニマリストの簡素な舞台は似ていなくもないし、「コレオグラフィー」という題名も、また群舞の女性たちが着ている濃い灰色の貫頭衣も、モダンダンスのパロディのような気もするが、「アパラチアの春」のアーロン・コープランドの素朴なメロディと、「コレオグラフィー」の金管楽器の派手な音が特色のジャズとは似ても似つかない。)

だが二人のダンサーとしての実力に真に圧倒されるのは、「エイブラハム」でのヴェラ=エレンとブラシアのデュエットだ(それまでの二つのナンバーと違って、クロスビーもケイもまったく絡まない)。これほど鬼気迫る、緊張感溢れるミュージカル映画のデュエットは、ほかに『踊るニュウ・ヨーク』Broadway Melody of 1940(1940)でのフレッド・アステアとエレノア・パウエルのダンス——とりわけ「ジュークボックス・ダンス」——ぐらいしかないのではないだろうか。

ちなみに若き日のジョージ・チャキリスもクルーニーが歌う「つれない恋」”Love You Didn’t Do Right By Me”で踊る四人のダンサーの一人として登場するが、とくにそのダンスの巧さに印象づけられるということはない。

「歌もの」ミュージカル映画として見ると、歌を吹き替えているヴェラ=エレンはこの作品には相応しくない。そもそもヴェラ=エレンの尋常ではないダンスの巧さを各映画スタジオは扱いかねていたところがあり、それもあって彼女は早期に引退したのではないかと思うのだが、『ホワイト・クリスマス』では物語とナンバーの統合を全く無視して、物語には全く無関係のジョン・ブラシアと踊らせることで、彼女の見せ場を作った。それが『カサブランカ』の名匠マイケル・カーティスの指金であったかどうかは寡聞にして知らない。だが正しい判断であったことは間違いがないだろう。

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