コルトレーンのアルバム『インナーマン』について

John Coltrane “My Favorite Things” の録音は数十あると思われる。

そのうちベストテイクが何か、についてはジャズファンの中でも議論が分かれる。コルトレーンがソプラノ・サックスに持ち替えて冒頭で一オクターブ高く吹く1963年のニューポート・ジャズ・フェスティバルの録音がよいというのは妥当な意見の一つだろう。マッコイ・ターナーのピアノ、ジミー・ギャリソンのベースは変わらないが、ドラムはいつものエルヴィン・ジョーンズに変わってロイ・ヘインズが叩いている。エリック・ドルフィーが離れ、1965年の『アセンション』で完全にフリージャズへと切り替わるつかの間の、少しポップに戻った頃の演奏だ。

とはいえ、コルトレーン・カルテットのキモはエルヴィン・ジョーンズのドラムだとかたく信じている私は、どちらかといえば(CDだと同じ一枚に収録されている)1965年のニューポート・ジャズ・フェスティバルの録音のほうが好きだ。冒頭の強烈なシンバル四連発はスピーカーで聴いていてもぐっとくる。この録音はインターネットのリンクでは示せないので、かわりにあまり話題にされず、ほとんどなかったことになっているライブ・イン・ジャパンの57分の演奏を。メロディラインを解体するフリージャズの骨法は1965年のニューポート・ジャズ・フェスティバルの録音ではあまり目立たないが、こちらでは最初から徹底している。中盤以降になってメロディが出てくるまで、なぜこの演奏に「マイ・フェイバリット・シングス」と名がついているのかすらわからないぐらいだ。

もっとも最初に私が聞いたテイクはアルバム『インナーマン』に収録された、バードランドの1962年のライブ録音だった。大学生のときCDを買って以来愛聴盤だったが、いつの間にか紛失してしまった(人に貸してしまって戻ってこなかったのかもしれない)。刷り込みとは恐ろしいもので、その後上記を含むさまざまな演奏を聞いても、『インナーマン』版のほうがよいように思えてしまう。記憶の中で美化されていくから尚更だ。

『インナーマン』のCDはその後なかなか見かけず、中古市場でたまにあっても高くて手が出ないでいたのだが、この数日思い立ってデジタル化した音源を求めて探し回り、調べてみて知らないことがいくつかわかった。まず、『インナーマン』Inner Manとは、テイチクが日本盤LPを1977年にを出したときにつけた名前である。Vee Jay Recordsの音源で海賊版に近いものだ、という噂は聞いてことがあったが、まさか日本だけ別の名前とは。合衆国ではLive at Birdland 1962で出ているようだ。ただし、私が今回デジタル音源を入手したAmazon.comではAt Birdland 1962とわずかに異なる名前になっている。しかもColtraneで検索をかけてもこのアルバムは出てこない。

また『インナーマン』とLive at Birdland 1962とは曲順が違う。ここで説明されているようにCD『インナーマン』の曲順は、

  1. My Favorite Things
  2. Body and Soul
  3. Mr. P.C.
  4. Miles’ Model

だが、Live at Birdland 1962では以下のように前半と後半が入れ替わっている。

  1. Mr. P.C
  2. Miles’ Model
  3. My Favorite Things
  4. Body and Soul

だがこれはおそらくLPのときのA面とB面を交換したのであって、二枚は同一のものである。しかも売れ線の”My Favorite Things”を一曲目に持ってくるのは意図的な選択であって間違いではないはずだ。

それからやっかいなことに、ふつうLive at Birdlandといえば、これはインパルスから1963年に出たアルバムで、CDだと6曲入りでなかでも“Afro Blue”が有名だが、“My Favorite Things”は入っていない。おそらくテイチクが『インナーマン』とつけたのはこの有名なアルバムと紛らわしいからではないか。なおLive at Birdland 1962の説明では、オリジナルCDはル・ジャズからLive At Birdland 1963として出た、とあるがこの点については調べてもこれ以上のことはわからなかった。日本盤CDとどちらが先なのだろうか。

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