レビュー映画としての『花くらべ狸道中』(六一年・大映)

『花くらべ狸道中』(六一年一月)は『初春狸御殿』(五九年)に続いて大映が市川雷蔵・若尾文子・勝新太郎を起用して撮った作品で、広い意味で「狸御殿」ものの系譜に属するといってよい。ただし監督は木村恵吾ではなく田中徳三なので、通常は「狸御殿」ものの中には数えられない。田中は同年六月に封切りの『ドドンパ酔虎伝』も監督しているが、同年八月封切り『鯉名の銀平』九月封切り『悪名』でわかるように、後年は雷蔵と組んでの「眠狂四郎」シリーズ、勝と組んでの「兵隊やくざ」シリーズが有名で、ミュージカル映画を手がけたのは監督となって駆け出しのこの時期だけのようだ。

『花くらべ狸道中』の脚本は『阿波おどり狸合戦』(五四年・大映)を含む、戦前からの「狸合戦」シリーズ四作を書いた八尋不二だが、物語はそれほど語るに値しない。文福狸(見明凡太朗)を党首とする江戸文福党と、文左衛門狸(葛木香一)を党首とする阿波徳島党が狸王国の総選挙で対立している。前年の六〇年六月には新日米安全保障条約の批准を阻止しようと全学連が国会に突入して樺美智子が亡くなり、十月には浅沼稲次郎日本社会党委員長が日比谷公会堂で演説中右翼少年に刺殺される事件が起こっているから、この当時が「政治の季節」であったことは間違いないが、後述する一点をのぞき、具体的な現実の政治への言及だと思われる箇所はない。もっとも「狸合戦」では(民話にもとづき)阿波国での対立が描かれるのに対し、『花くらべ狸道中』では江戸と阿波という対立軸が導入されるのは興味深い。この頃、東京と地方の利害対立がクローズアップされるような事件があったのだろうか。

文福狸が放った刺客によって江戸へ向かう文左衛門狸が負傷し、名代として雷吉狸(市川雷蔵)と新助狸(勝新太郎)が江戸に赴くことになる。二人はそれぞれ弥次郎兵衛と喜多八という人間に化けるので、弥次喜多ものの要素が取り込まれる(道中ものにする必要があったので、江戸と阿波の対立にしたのかもしれない)。弥次喜多もの同様、面白おかしいエピソードで綴っていく。落語「狸賽」をなぞったりする場面もあるが省略。雷吉をめぐっての恋人たより(若尾文子)と文左衛門の娘しのぶ(近藤美枝子)の恋の鞘当てもあるが、そこら辺も省略。

雷吉と新助はたよりとともに文福に捕らえられるが、たよりが零した涙が真珠に変わり、三人を縛っていた魔法の鎖を消してしまう。それを見ていた文福の娘きぬた(中田康子)が改心して二人を逃がしてやる。文福が待ち受ける会議場に向かう二人。十二時までに文左衛門が現れなければ文福が大王就任が決定することになっている。二人が会議場にたどりつくと、はたして文福が槌を振り下ろして自分が大王となる決定を下そうとしているところだった。だがなぜか文福は振り上げた腕に痛みを感じて動かせなくなる。きぬたが駆け寄り、「こんなことをして大王になれても、誰も幸せになりません」と言って強引に決めようとする父親を翻意させようとする。

ここに反映されているのは、第二次岸信介内閣下のもとでの、社会党議員を国会から排除しての新条約案の強行採決に際して多くの国民が抱いたであろう漠然とした反感だろう。だがもちろん、それは現実の政治にたいする痛烈な諷刺といったものではないことは、その後のご都合主義的な展開で明らかだ。痛みにのたうち回る文福に、雷吉は「過ぎ去ったことは忘れて、仲良く楽しく、ともに栄えていこうと思わんのか」と声を掛け、続けて新助も「それを誓えば神様もきっと許してくださる」と言う。それを受けてきぬたが神に祈り、文福が「神様、助けてください」と叫ぶと、痛みは消える。文福はすっかり反省して雷吉が「本当に仲良くすることを誓うか」と尋ねると「誓う、誓う」と答える。折よく文左衛門が到着し、大王に就任する。リアルポリティックスの力学ではなく、あくまでも「庶民」の「素朴な視点」からの「仲良くやっていく」という思想は神の介入によってのみ実現されうる。

レヴュー映画としてはどうだろう。『花くらべ狸道中』は『初春狸御殿』と同様、大阪松竹歌劇団が出演し、飛鳥亮が振付をしている(厳密に言うと、飛鳥は『花くらべ狸道中』では「舞踊構成」、『初春狸御殿』では「舞踊振付」。後者では別途「振付」として西崎真由美。飛鳥が「和物」の振付のみを担当していたことを示している)。音楽は浜口庫之助。ハワイアン・ジャズ・ラテンといった音楽の素養がありつつ、日本風の旋律を巧みに使ったヒット曲で知られるこの人を起用したことが、「狸御殿」ものの中でこの作品の特筆すべきところだろう。

踊りの場面は七つある。最初は阿波踊りで、雷吉と新助が本物の弥次喜多と出会う場面。雷吉は夢中になって踊っているうちに尻尾を出してしまい化けの皮がはがれる。カメラを傾けるなど踊りのダイナミックさを出している本多省三の撮影が印象的だ。スクリーンショット 2015 03 22 11 29 55

二つ目は「大原女」で、弥次喜多に化けた雷吉と新助が京・三条大橋に到着するとゲスト出演のスリー・キャッツが頭の上に花を入れた籠を載せた大原女の装束で登場し「〽京は宵の町〜」と歌い出す。その背景で大原女と舞妓の格好をしたOSKの人々が日本舞踊を踊る(長唄「大原女」の振付と似ていなくもないが、よくわからない)。スリー・キャッツは放送禁止になった浜口庫之助「黄色いさくらんぼ」(「〽若い娘はウッフーン」)で知られている。浜口とのつながりで起用されたものか。スクリーンショット 2015 03 22 16 13 52

大原女が行き交いした三条大橋を舞台にしたもう一つの理由は、雷吉と新助が泊まる宿屋が池田屋だから。ここで偶然同宿することになった絵描きというのは、きぬたが化けた姿で、二人をおびき寄せる計略だった。むせ返るような色気という形容がふさわしい中田康子が演じるきぬたが歌を歌いながら新助を誘惑する場面では、回転ベッドが使われ、大変エロティックだが、踊り、というほどのものはない。

三つ目の「桑名」では、ロカビリー歌手で初期ザ・ドリフターズのボーカルでもあった井上ひろしが「〽桑名の坊さん 時雨の夜に〜」とお座敷唄「桑名の殿様」をもじったような歌を歌う背景で六人の男性ダンサーが腰蓑を着け櫂をもった漁師姿で踊る。スクリーンショット 2015 03 22 16 10 52

四つ目は「ちゃっきり節」。三島宿三保屋で、堅物の雷吉の度重なる忠告に嫌気がさして別れた新助が、茶摘み娘に扮した芸者の五木みどりたちとともに踊る。この場面の勝新太郎の踊りの、粋で軽みのある仕草は、何度見ても素晴らしい。和製アステア、という存在がいるとしたら、若き日の勝だったろうと思わせる。スクリーンショット 2015 03 22 16 18 54

五つ目は雷蔵と若尾が再開して踊る、ラテン音楽ふうのムード歌謡。雷蔵が一組の大きな白い羽根飾りを両手に携えて登場するのがおかしい。アステア・ロジャースものの映画であれば、ロジャースが持っていたような女性の持ち物だからだ。女性のような細面の雷蔵のクロースアップもあって、その両性具有性が強調される。もっとも後半では片方の羽根飾りを若尾が持って踊る。暗がりで踊る二人は『気まま時代』のナンバー”I Used to Be Color Blind”でのアステアとロジャースを意識していることは明らかだし、頭上からのバークリー・ショットも含め、もっとも一九三〇年代アメリカ・ミュージカル映画を意識させる場面だ。スクリーンショット 2015 03 22 16 24 13

六つ目は勝と中田のナンバー。椅子のつもりで腰掛けたコンガを勝が叩くと、中田がマラカスを振るところからはじまって、もっとあからさまにラテンふうになっている。何度か衣裳やライティングを変えて一つの場面を作るのも当時流行したスタイルだ。スクリーンショット 2015 03 22 16 40 30

そして圧巻なのがフィナーレの「狸踊り」。男性ダンサーたちの力強い踊りからはじまり、やがて女性も加わって四十名を超えるプロダクション・ナンバーとなる。バックダンサーは後段のひな壇に四行×四列で十六人の女性、前段のひな壇には男性十人、女性十人。最後に着物姿の俳優たちが加わる。これまた「ラテン風味」としかいいようのない音楽だが、印象的なのはバックダンサーたちの衣裳。頭に被った帽子からは、田植え女を模したのだとひとまず言えそうだが、派手な色遣いの衣裳と合わせてみると、ヴェトナムの農民がタイ風の民族衣装を纏ったのだと言えなくもない。冒頭で太いリボンを持って踊る男性ダンサーたちの姿を見ると、この時代にはなかった新体操も連想される。東宝が戦時中に東南アジアの民族舞踊を研究したことはよく知られているが、その成果は戦後松竹歌劇団にも取り入れられた、ということなのかもしれない。スクリーンショット 2015 03 22 16 45 30スクリーンショット 2015 03 22 8 58 43

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