第一劇場の『マツ』(一九二九):逆輸入版の「寺子屋」

『菅原伝授手習鑑』(寺子屋)は忠義のために自分の息子を殺すというその内容ゆえにか、20世紀前半にドイツをはじめとする欧米各国で翻訳され、上演された。またM・C・マーカスによる英訳台本「マツ」は1929年9月に大阪・浪花座において(新機軸を好み「西の左團次」と称された)三代目阪東壽三郎(1886-1954)が結成した第一劇場によって「逆輸入」上演がなされた。その翌月も、東京本郷座において友田恭助によって「テラコヤ」として上演されている。

十年近く前、当時東京文化財研究所にいた児玉竜一(早稲田大学教授)から提供を受けた音源をこのたび漸くデジタル化したので、第一劇場の新旧合同俳優(以下を参照)による吹き込み録音を公開する。「私はつれない松の木だったでしょうか」「私がどんなに悩んだか考えてみてください」「あの子はわれわれの名誉の救い主だ」のような直訳調の台詞が多く、現在の私たちには滑稽に感じられるが、異物感のある、ゴツゴツした物言いが当時は新鮮で、歌舞伎の旧弊依然とした台詞回しを打破するものだと考えられていたのだろう。

ガンゾウ[武部源蔵] 藤村秀夫
トナアミイ[戸浪] 三好栄子
マツオオ[松王丸] 阪東壽三郎(三代)
チイヨオ[千代] 石河薫(初代)
ゲンバ[春藤玄蕃] 山口俊雄

SPレコード二枚四面に録音されていたものを以下の四つのファイルにした。同じ音源は飯塚恵理人(椙山女学園大学教授)の「恵理人の小屋」でも(花柳章太郎・梅島昇ら新派による小山内薫『塵境』「水車小屋の場」とともに)公開されている。ご専門の能楽・謡曲のほか、コレクター辻山幸一の音源を譲り受けての新派劇・新内・歌舞伎・喜劇・義太夫など膨大な数のSPレコードからのデジタル化音源が公開されているが、録音状態が悪いものもあり、『マツ』については今回公開するもののほうが聞きやすいと思う。

  1. 『マツ』第一部A面
    洋楽器による和物旋律によるイントロ。妻のトナアミイとの会話のなかで、ガンゾウが内面の苦悩を吐露する。
  2. 『マツ』第一部B面
    洋楽器による和物旋律によるイントロ。マツオオ・ゲンバがガンゾウにカンシューザイの首を差し出せと迫る。マツオオとガンゾウは「僕」「君」と呼びあう。洋楽。計略がうまくいったガンゾウは「神々よ、また偉大なブッダよ、感謝します!」と叫ぶ。
  3. 『マツ』第二部A面
    チイヨオが玄関の鐘を鳴らし「新入生の母親でございます。うちへ入らせて下さいまし」と言って登場。正体を明かせとガンゾウが迫ると「梅は飛び桜は枯るる…」と言いながらマツオオ登場。ヘンデル「オンブラ・マイ・フ」をBGMに、「ご主君の仇、トキイヘイラの味方に私を誘惑した運命」を呪うマツオオ。「私はすぐに親愛な妻に相談して、あの子を神々と、あなたにお任せしたのです」と言って絶句。
  4. 『マツ』第二部B面
    「オンブラ・マイ・フ」をBGMにマツオオの述懐が続いたあと、チイヨオの嘆き。グノー「アベ・マリア」をBGMに「ごめんなさいガンゾウ、私は涙を抑えることができない」とマツオオが言うとガンゾウが自分たちが葬式を出すという。それに答えてマツオオ「私の妻と私が、この義務を果たすことを許して下さい。なぜなら友よ、これはわが子ではありません。これはプリンス・シューザイさまです」(最後の部分、マツオオとガンゾウの声の違いが分かりにくいが、内容から考えて二人が切り替わっているはず)。

『マツ』第一部B面で藤村秀夫のガンゾウは「余計なお節介だッ」とヒステリックに声を震わせて叫ぶが、これが当代の我當そっくり。偶然声質が一致しているだけかもしれないが、関西新派から関西歌舞伎に引き継がれた伝統なるものもあるかもしれない。

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