Category Archives: 日本近代演劇

澤田隆治「平成コメディアン史」タイトル一覧

『ちくま』第四三八号(二〇〇七年九月)から第四六二号(二〇〇九年九月)の全二十五回にわたり連載されていた澤田隆治「平成コメディアン史」。単行本化を願ってそのタイトル一覧を掲げておく。 (1)元吉本興業・木村政雄さんに聞く […]
Posted in 日本近代演劇 | Leave a comment

第一劇場の『マツ』(一九二九):逆輸入版の「寺子屋」

『菅原伝授手習鑑』(寺子屋)は忠義のために自分の息子を殺すというその内容ゆえにか、20世紀前半にドイツをはじめとする欧米各国で翻訳され、上演された。またM・C・マーカスによる英訳台本「マツ」は1929年9月に大阪・浪花座 […]
Also posted in 歌舞伎 | Leave a comment

渋谷天外の筆名について

大槻茂『喜劇の帝王 渋谷天外伝』(小学館文庫・一九九九年)は浩瀚な資料を渉猟し、遺族や松竹新喜劇・家庭劇関係者にも丹念に取材した労作だが、三代目天外に直接取材したとおぼしき箇所では三代目天外の誤解を鵜呑みにして書かれてい […]
Posted in 日本近代演劇 | Leave a comment

坪内逍遙の「アマチュアリズム」:「手仕事」としての学問

津野海太郎『滑稽な巨人 坪内逍遙の夢』(平凡社、二〇〇二年) は早稲田出身者によって祭り上げられてきた感のある坪内逍遙の偶像破壊に一役買った。これと、以下の戸板康二『対談日本新劇史』に収録されている秋田雨雀の評言、そして […]
Posted in 日本近代演劇 | Leave a comment

館直志『わてらの年輪』(一九六四)の盗作疑惑について

『さらば松竹新喜劇 天外・寛美と過ごした日々』(情報センター出版局、一九九三年)は、一九六〇年から六七年まで松竹新喜劇学芸部に所属し、脚本を執筆した藤井薫(一九三三〜)による内幕暴露もの。中でも注目すべきなのは、天外のペ […]
Posted in 日本近代演劇 | Leave a comment

「えんげきのぺーじ:一行レビュー」再録:2007年

「振るあめりかに袖は濡らさじ」 ★★★★ 12/11 玉三郎が相変わらず杉村春子の完コピ。一挙手一頭足に杉村の亡霊が見えてしまうのがなあ。文学座で持てあましたであろうスタービークルを玉三郎で歌舞伎で上演しちゃうというのは […]
Also posted in ミュージカル, ミュージカル以外のアメリカ演劇, ヨーロッパ演劇, 日本の同時代演劇, 歌舞伎 | Leave a comment

「えんげきのぺーじ:一行レビュー」再録:2008年

11/ 1-11/25「吉例顔見世大歌舞伎」(松竹)@歌舞伎座 ★★ 11/21 『寺子屋』梅玉の源蔵がいい。仁左衛門は平成中村座に続き本来のオーラを欠いている。魁春はもとの不細工に戻ってた。『船弁慶』最近の菊五郎は踊り […]
Also posted in ヨーロッパ演劇, 日本の同時代演劇, 歌舞伎 | Leave a comment

伊藤松雄:曾我廼家五郎を語る

楽屋の五郎  五郎と語るではない。五郎を語るのだ。  私は芝居見物の序でに楽屋を訪れるなどは外道も甚しいと思つている。  料亭で膳にむかひ、一酌してのち料理場を覗きにゆくのと同然だらうではないか!?  国賓を歌舞伎に招く […]
Posted in 日本近代演劇 | Leave a comment

安部豊:曾我廼家五郎と語る 

 曾我廼家五郎の家は牛込南榎町十九番地所在で、三四度も念入りに聞かねば、判りそうもない横町の、ひどく奥まつた路次の中央三尺巾位がズーツとになつているので、入口から眺めると芝居の花道の感じがするその七三辺に純日本式の門があ […]
Posted in 日本近代演劇 | Leave a comment

曾我廼家五郎(喜劇俳優)

△ 曾我廼家五郎(喜劇俳優) 喜劇の神髄を得た物とは言へないが、確かに時代に向いた新らしい呼吸(いき)だけは備へて居る、謂はば健気なものである、藝の妙所は兄の十郎に任せて、此優(このひと) は唯世に踏張つて強い気勢を見せ […]
Posted in 日本近代演劇 | Leave a comment